トイレのらくがき

その日の夕方。
私とサロメちゃんは同じ塾に通っていた。
当時、空前の塾ブーム。

バカが塾に通う。
むしろバカしかいない。
バカがバカをよぶのだ。

私が通ってた塾は無法地帯。
遊び放題。 菓子食い放題。

７０くらいのジジイが先生です・・・確実にヨボヨボです。

入れ歯飛ばし放題。 仁丹飛ばし放題。
ジジイやりたい放題。

入歯　時々　仁丹
教科書には仁丹汁のシミ。
それが仲間のしるし
それだけが愛の汁し(ﾏﾃ

ふとサロメちゃんを見ると全く集中していない。
いつも落ち着きがないのはご愛嬌。

しかし、今日のサロメちゃんはいつにも増して・・・ ギラついていた！

あぶないよ、サロメちゃん。
ジジイの入れ歯がカクカクしてるよ！

きけん、きけん、ちょーきけーん！

サロメちゃんに気を取られていた私の教科書に新たな仁丹汁が刻み込まれていた。

作戦決行の時間は刻一刻と迫っていた。
塾が終わると、すぐサロメちゃんがやってきた。
「ほな、行くでー」

サロメちゃんはターゲットのお月様は見ず、ただただ真正面を向いて歩いた。
そしていきなりこう言った。
「よっしゃ、今じゃ！走れ〰」

サロメちゃんは華麗にダッシュをかました。
そう、サロメちゃんは学年１の足を持つ。
みるみるうちにサロメちゃんの姿が小さくなっていく。

私も決して遅いほうではない。
でも、スタートダッシュがいつも遅いんだ。
だからいつも一番になれない。

力の差は歴然だった。
サロメちゃんが突然、立ち止まる！

やっとのことで追いついた私の心臓メーターは振り切っていた。
サロメちゃんはここで初めて月を見上げた。

「ほらっ　やっぱり付いてきとる！」

私も見上げる。

ま ん ま る お 月 さ ん み ぃ ー つ け た ！

「なっ！」

サロメちゃんはなんだか誇らしげだった。

可笑しくて笑った。
そんな私を見て、サロメちゃんもつられて笑った。
笑ったサロメちゃんを見たのは初めてだった。

嬉しかった。
嬉しくて、また笑った。
私達は笑いのループにハマっていた。

今でもお月様を見ると、ふとサロメちゃんのことを思い出したりする。

そして、ダッシュをかましたりする。